あなたはどのくらいの雨が降っていたら雨をよけるために傘をさしますか?
私は朝テレビやラジオで天気予報を確認する習慣がないので、朝起きたときに雨の音がするかどうかで予想をします。
自分が外を歩く前には外を歩いている人が傘をさしているかどうかを見て判断します。
人が歩いていない場合は、すでにある水たまりなどに雨が降っている兆候が見えるかどうかを見ます。
私は雨そのものを見て傘をさすかどうかを判断するのではなく、雨によってもたらされている変化を観察する事によって、傘をさすかどうかを判断しているのです。
世の中にはほかにも、それそのものを見ているのではなく、周りの反応をみて判断をしている事柄があるのではないかという仮説を本日たてました。
例えば性別によって「こうあるべき」という印象に関しても、「周りの反応を見て、そういうものだと思う」という反応としてそれぞれの中に刷り込まれていっているのではないでしょうか。
ここ二日間、雨が降ったりやんだりで、傘をさしたり閉じたりしていて、その判断を自分が何でしているのかに目を向けてみました。
そういう「対象そのものを見ているわけでないのに行動を変容させる」という事象についても今後気が付けば記録に残していきたいと思います。
今日のボキャブラリー
ブログ開設からはじめて「です」「ます」調で書いてみました。
人に問いかける内容にするときはこちらの方がしっくりきますね。